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『神栖麗奈は此処にいる』/『神栖麗奈は此処に散る』


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追記にて紹介!2作品分まとめての紹介記事となります




この作品についてあまり多くを語ると致命的なネタバレになってしまいそうなので、深く内容に触れることは出来ないのだけれど、言葉を選んで紹介していきたいと思います。
というのもこの作品は、一つの謎を269ページと337ページの計606ページを割いて書き綴った作品だからです。そして、その謎というのは決して私たちと無縁なものではなく、むしろ誰もがきっと一度は突き当たる壁なのだろうと思う。

作品の主人公は中学生。ここで名前を出さずに『中学生』としたのは、主人公が複数存在しているからだ。著者の前作の『僕らはどこにも開かない』と同様に、章毎に違う人物による一人称で語られるという構成で、複数の違った視点から観測される事実、現象が折り重なった伏線を生み出していく。

そういう点でこの作品はいわゆる『群像劇』というカテゴリに入ると思うのだけれど、群像劇というスタイルで書かれる作品には共通点がある。それは、キャラクターの先にまず読者を惹きつける『事件』、『現象』がある、ということだ。その大きな事件について多角的に一人称で語っていける、事件に重要性、深みを与えられるというのが群像劇の利点であります。

しかし色んな事件を複数人の視点で描くと、どうしても膨大な文章量になってしまうという問題がある。そうなるとライトノベルに求められている『読みやすさ』が失われてしまうし、事件にウェイトを置いた分キャラクターの魅力を引き出すのが難しくなり、これもライトノベルに求められる『魅力的なキャラクターがたくさん出てくる』というポイントから離れてしまう。どちらかというと、事件の方が主人公になってしまうのだ。

群像劇をライトノベルでやるのはなかなか難しいと言える。もちろん群像劇のライトノベルも存在しているけど、一般的なスタイルの作品と比べたらその数は実に少ないだろう。

だから、この作品ではキャラクターを魅力的に描くことをしていない。…というと怒られそうな気はしますが、実際、キャラクターの名前もあまり覚えてないし、何よりこの作品には挿絵が存在しないのだ。
そしてその分、群像劇の主人公である『事件』が非常に強く印象に残っている。キャラクターの魅力を殺して事件のインパクトを上げる。そういう手法が取られていると思う。
というより、ライトノベルという枠を度外視した推理小説である、と言っても良いだろう。まぁ一応ライトノベルのレーベルから出ているのでライトノベルという扱いではあるのだけれど、内容的にはそうではないと思う。暗いし閉鎖的だしね。

会話文は少なく、どちらかと言えば自問自答、すなわち自己との会話、葛藤などの心理描写にウェイトが置かれている。主な登場人物は中学生なのだけれどその心理描写は素晴らしく、思春期の少年少女が思い至りそうな思考をうまく描いている。人の内面を踏み込んで描いた作品だと言えるでしょう。


ハチャメチャラブコメディといった作品ではないので大衆受けする感じでは無いですが、深くて興味深いinterestingな面白さがあると思います。かなり哲学的なところもあるし。僕としてはこういうラノベっぽくないラノベが好きなのでオススメしたいと思います。
普段はfunな作品を好んで読んでいる方も、かわいい女の子がたくさん出てきて主人公が異様にモテる作品に「くっそおおおおおおおおお!!!」となったら是非読んでみてはいかがでしょう。
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