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逃避を探索に変える力

「現実逃避」という言葉がある

そのまま読んで現実から逃げている、目を背けているということですが、
それって悪いことでしょうか


現実から目を背けているとき、人々は何を見ているのか。

それはおそらく理想でしょう
「理想と現実」なんてよく言われます
もしかしたら絶望を見ているという可能性もありますが…


理想を描くのはいけないことでしょうか

逃避している中で見つけられるものも数多くあるはずです


「俺たちに翼はない」というPCゲームというかエロゲがあります

その作品の中で、
「逃避している中で何かを得ることが出来たらそれは『探索』になり得る」
といった旨のセリフがありました

このセリフも私がエロゲの世界で探索してきて見つけたものといっていいでしょう


逃避は探索となり得るものです
むしろ「逃避した」その事実だけで、逃避を経験をすることになるので『探索』と言い換えられるかもしれない





なにが言いたいかって、『作品』は素晴らしいなっていうことです
人が作ったものなのだから、そこには大なり小なり何かメッセージは込められているわけで。

そういったものを感じるのが、作品を鑑賞することだと思っています

あ、このブログも捉えようによっては『作品』となります
このブログにこめられたそれはそれは恐ろしいメッセージを探し当ててくださいね♪嘘です
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